月と太陽の子供たち



 「……ない」
 部屋中探してみたものの、見つからなかった。
 どうしても今読みたい一文があったのに。その本はどこにもなかった。

 まあいいさ。あの本屋ならまだやっているはず。
 俺は、真夏のやけに鮮やかな夜の中を、自転車に跨り走り出した。


 あったあった。これだ。
 ずらりと並んだ本の群れの中からその一冊を抜き出してそっと開いた。文庫本特有のつるりとした表紙がかすかに冷たくて、心地良い。

 失くしたって、代わりはいくらでもある。どんなに大切でも、唯一無二の物なんてこの世のどこにもない。そのことが、俺を安心させる。
 永遠も、運命も、存在しない。
 こんな簡単な事実に気付いていない奴が世の中には多すぎる。気付いてしまいさえすればこんなにも穏やかで楽になれるのに。
 ふとした瞬間に、俺は人間という動物の愚かさを憐れむのだった。


 家に帰ると、リビングのソファで姉が寝ていた。
 相変わらずすごい寝相。すごい寝顔。
 あまりにも不細工だからスマホを取り出し写真を撮ってみたが、起きる気配は微塵もない。

 姉は変な人だ。
 幼い頃からバカがつくほど真面目で絵に描いたような優等生だったくせに、就職して1ヶ月ももたずに逃げ出して、今は細々とアルバイトをしながら実家で生活している。

 姉と比べられる人生はしんどくなかったと言えば嘘になるけれど、あんなに真面目に生きてきてこんな未来になるなら、俺は俺に生まれてよかったと思う。



(つづくかも)

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